未来の自動車のあり方とは?

12月2日夜、UIEvolution×ZEPPELIN合同主催のイベントを開催しました。
テーマは、「日本の社会システムから考える次世代の自動車のあり方」です。
環境・交通社会システムに幅広い知見をお持ちの筑波大学教授 川本雅之氏をゲストにお迎えし、
UIEvolution 代表取締役会長 兼 ZEPPELIN CTO 中島聡氏とZEPPELIN 代表 鳥越康平の三者で、会場の参加者を巻き込み熱い議論がなされました!

 

自動車のあり方、過去から現在まで

 1980年代、川本氏や中島氏の若い頃の”車”との関わり方をもとに、参加者のみなさんに自動車の所有について質問を交えながら振り返る。

 川本氏>「もう33年くらい昔の話なんですけども、当時車は若者にとってシンボルでした。」
80年代における自動車は、若者にとって三種の神器であり、現代で言うと”ググる”という行為と同じくらい車の所有が当たり前であった。現在の参加者の自動車保有率を聞いてみると、2割ほどと少ない結果に。
 特に若い世代の参加者ほどその保有率はさらに下がった。なかには運転免許自体を保有していない人もいて、かつての若者のシンボルであった”車”のあり方がこの30年で大きく変わった様子が伺える。
 なぜ現在こうも自動車のあり方が変わったか、今の自動車に対する不満点をお二方に聞いた。

 現在アメリカ・シアトルで生活をする中島氏からは、
・定期的なメンテナンスが面倒(ディーラーを介さないといけない)
・運転中眠くなる自分(アメリカの道路は日本に比べ単調かつ長距離のため)
・駐車代が高い(交通機関がない中で車を維持するには費用がかかる)
・自動車購入の際にディーラーとの交渉が必須であることが複雑かつ面倒な点
など、中島氏ならではのユニークな視点から意見が出た。
 また、自身を電気オタクと称して自動車と運転をこよなく愛す川本氏からは、
・現在の自動車は燃費向上が主眼となって開発されるものが多く、かつてのような”運転”への面白味に欠ける
という意見が出た。
 両者の自動車に対する認識の違いも顕著だが、会場の所有率を考慮しても自動車のあり方は時代の変化とともに「若者のシンボル」から「必要な時に使う移動の手段」へとあり方が大きく変わってきたことが分かる。

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50年後の世界

 テーマである「次世代自動車のあり方」について考えるにあたって欠かせない”自動運転(走行)車”について、参加者の要望を聞きながら、将来の自動車のビジョンについて考えていった。

 川本氏曰く、現在日本でも海外でも様々な機関が自動運転車について定義を発表しているが、内容としてはほとんど同じだという。
 将来的に自動運転車にどんなことを求めるか鳥越が聞いたところ、参加者からは、
「お酒を飲んでも車に乗れる=自動で運転してくれるものが欲しい」
「運転中でも姿勢を変えられるような(例えば寝転べるような)車がいい」など、熱い要望が相次いで出た。
 今後、自動走行テクノロジーがさらに進化すれば、このアイディアが実現する可能性はあるのだろうか?
同氏によると、現在の自動運転車の状況は、各国のメーカーがレベル3(※1)をなるべく早く実現しよう、前提条件を付けてレベル4(※2)に挑戦していこうという状態。私たちが自動運転車と聞いてイメージする車(無人運転など)の実現にはまだまだ時間がかかるという。

 法律的な観点からも自動運転車が一般化するにはどういう道筋をたどるか分からない。と中島氏は言うが、50年後の世界をはっきりとイメージしているという。ここから、中島氏が提唱する「ナカジマノミクス」なるものである。
 中島氏によると、50年後の世界では自動運転車が法的にも技術的にも発展し、市街地では自動運転車しか走行出来ないような社会システムを構築する。これにより、今まで都市部で多くあった事故や渋滞がなくなる。電車よりも安いコストでの移動が可能となり、どこでも自由に乗り捨てができるようになるため車を停めておく駐車場のコストもなくなる。
 もし、本当にこんな社会システムが実現すると何が変わるのか。
現在既に高い需要があると中島氏が言う、アメリカにおいて、子供を持つ家庭が必須となっている「子どもの送り迎え」から解放される。幼い子どもを持つ家庭にとって公共交通機関や治安の面で日本とは別環境にあるアメリカでは、「子どもの送り迎え」は避けては通れない義務のようなものだそうだが、これによって両親の時間は搾取され、労働時間が減り、社会経済に及ぼす影響は侮れないと同氏は言う。
自動運転車がドライバーの存在を必要としないレベルになれば、子どもだけで車に乗り、親はそれを会社で働きながらコントロールできる、なんてことを本当に実現させていきたい。そこから生まれる経済への好影響は言うまでもない、と中島氏は太鼓判を押す。

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街と人間と自動車の心地よい関係

 自動運転車の技術や取り巻く環境はこれからどう発展を遂げていくのだろうか。
参加者から募った意見の中でも、自動運転車にかける期待値は高いことが十分と伺えたが、果たしてその全てを実現していくのかどうか。川本氏は自身の自動車メーカー勤務で起こった開発のエピソードを披露してくれた。

 車内機能の一つとしてタッチパネルを研究していたところ、顧客からは、
「タッチパネルはボタンがないから押した感じがしないし、画面が汚れるから嫌だ」という意見が多く寄せられ採用を検討したところ、スマートフォンが普及し瞬く間にタッチパネルが受け入れられるようになったということ。この経験から、顧客の体験によって商品の形が変わっていくことがおおいにありうることを学んだという。
 また、自動車を取り巻く環境を取っても、立ち返れば自動車とは移動の一手段にすぎない。自動運転車が公道を走るようになったら、道路交通環境を変えていかなければならない、というよりは街全体と、人間、自動車の関係性を見直していくことが重要となってくるのではないか。
 変わりゆくテクノロジーは手段でしかなく、いつの時代も人間が描く目的が未来となる。
技術にせよ環境にせよ、期待値ばかりを追求するよりかは、これからの街づくりの中に未来の自動車のあり方を見出していくことが大切なのだ。自動車の価値が「若者のシンボル」「移動の手段」「環境配慮の対象」そして「共有する乗り物(カーシェアリング)」として形を変えてきたように、価値を再定義していくことが重要である。便利な時代を迎えて、豊かさの本質的な価値を人間が考える先にある自動車が、次世代自動車のあるべき形である。

 

編集後記

 関心が高いテーマであり、メーカだけでなく様々な業界の方にご参加いただきました。総勢30名の参加者と共に、社会システムにあった車のあり方について考える中で、川本氏や中島氏の深い知見やエピソードが多く披露され、会場も大変盛り上がりました。こちらに書ききれないお話も多々ありましたが、中でも「顧客の体験によって商品の形が変わっていくことがおおいにありうる」というのは、非常に興味深い内容でした。技術中心よりも人間を中心としたグランドデザインの必要性を実感しました。


(※1、2)
 内閣府政策統括官発表のSIP自動走行システム研究開発
(http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/keikaku/6_jidousoukou.pdf)より自動走行として義務付けられているものでレベル別に以下の通りである。(一部抜粋)

・レベル1 加速/操舵/制動のいずれかを自動車が行う状態
・レベル2 加速/操舵/制動のうち複数の操作を同時に自動車が行う状態
・レベル3 加速/操舵/制動を全て自動車が行い緊急時のみドライバーが対応する状態
・レベル4 加速/操舵/制動を全てドライバー以外が行い、ドライバーが全く関与しない状態
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金城 茜

金城 茜

http://zeppelin.co.jp

大学でマーケティングを専攻し、卒業後は単身海外に渡る。文化や価値観の違いにもまれながら現地企業での就業を経験し、帰国後ZEPPELINに乗船。

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