UXなんて、当たり前のはなし。第2回「田子學のルーツとデザインマネジメント」

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第2回 田子學のルーツとデザインマネジメント

田子學(アートディレクター/デザイナー)

株式会社東芝デザインセンター、株式会社リアル・フリートを経て、2008年株式会社エムテドを立ち上げる。現在は幅広い産業分野のデザインマネジメントに従事。デザインを社会システムの一部として大いに活用してもらうことをモットーに、様々な要素の関係性を統合的に捉えた戦略によって、個別最適化ではなく全体適正化が成り立つコンセプトメイクからブランドの確立を視野にいれてデザインされています。
GOOD DESIGN AWARD、red dot design award、JDCAデザインマネジメント賞など受賞作品多数。
現在は、慶應義塾大学大学院SDM研究科 特任教授、法政大学デザイン工学部 非常勤講師、東京造形大学デザイン科 非常勤講師を務められています。

鳥越田子さんは、デザインもすごいけど、
伝え方もデザインできるじゃないですか。
デザインできるというか、伝わるやり方をされている。

それは、田子さんの中のバックグラウンドというか、どこからきているんですか?

田子バックグラウンド…いろいろと重なっていて、これっていうのは無いかもしれないんですが、ひとつは僕の性分があるんですよ。

1つの事に集中して考えられない…
というと、ちょっと頭がおかしい人みたいに聞こえちゃいますが(笑)
そうではなくて。
…本当は欲張りなんですよ。(笑)

日本の教育って、専門に行きますよね。
だけど本当は、教育って専門性じゃないと思っていて。
海外だと、リベラルアーツというのがあるんですが…

日本の産業がまさにそうなんですけど、
技術者がトンネルビジョンになってしまっていて、他の事は知らない、
という話になりがちなんです。

同じく、例えばデザインでも、
日本だと、グラフィックがあってプロダクトがあって…と、2つに分かれちゃう。理系と文系みたいにはっきりと。
だけど本当は、そんなカテゴリ無いんですよね。

デザインをやるっていうのは、全体をちゃんと見なくちゃいけない。
ものを作りながら伝える手段をやらなきゃいけないし、
伝える手段をやりながら物の本質を知らなきゃいけない訳なんです。

この考え方が僕の中にすごい昔からあって。
これを話し出すと、僕の生まれを話すことになっちゃうんだけど…

実は親父もデザイナーで、親父は多摩美の立体を卒業した後、
就いた職業が出版社で本の編集や装丁など、
どちらかというとグラフィックに近いことをやっていたんです。

洋書の幼児向け絵本なんかを、日本で製造してまた向こうに戻したり、
日本に卸したり。
それこそ、エリック・カールの「はらぺこあおむし」とか。

「はらぺこあおむし」の、本に穴を空けるという発想って、
普通のグラフィックだとなかなか出てこない。

親父がエリック・カールと一緒に話しながら色んな本を作っていった…
なんてこともあるんですよね。
今はよく見かけるようになったけど、本でありながら車輪が付いていて引っ張り回せる絵本とかもそう。

うちの親父がまだ若い頃は、本を作る会社にそういったものは無かった。
でも、子供にとってそういう事情は関係ない。

限りなく平面なんだけど立体で捉えてみる…
そんな光景を小さい頃に見て育ってきた、ということも影響しているんです、きっと。

だから、物も好きだし、伝えることも好きだし…ということで、
すごくいろんなことに興味があります。

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田子だから、僕の中では「こっちしかできません」みたいな環境は納得がいかない。
全てを学びたくて、結果的に、僕は東京造形大学(以下、造形大)に行きました。

造形大って、もともとバウハウスの教育理念を取り入れた学校で、
当時僕が入った頃は、考え方も仕組みもボーダレス。
だからカリキュラムも縦横無尽で、
自分で学びたい授業を片端から履修できたんです。

だけど、僕らの学年でも脱落している人が結構いて。
というのも、この教育指針は日本的教育を受けてきたものにとって『自由』すぎた。学びのプロセスを全部自分で組み立てなければならないから、
挫折する者がいたんです。

いつのまにか旅人になって、
そのうち校内ですっかり見かけなくなっちゃう…(笑)

鳥越

田子僕は、最終的には『立体』に行きたいと思っていたけど、
映画や広告など、後で学べない様な事を全部履修していました。

その後、ものづくりに行くか、違う分野を見るかって思ったときに、
お世話になっていた先生がデザインマネジメントを研究されていたので、
それで、デザインマネジメントに興味があってという流れになった。

先生に聞いてみると、
『最終のアウトプットは、物になるかもしれないしサービスになるかもしれないし、1つのグラフィックかもしれない…むしろ、その企画やコンセプトだったり、どうやってそれを伝えるか、ということが重要なんだ』
って聞いた瞬間に、まさにこれなんじゃないか、という感じになったんです。

とは言いつつも、卒業しても、そもそも『デザインマネジメント』という職種の受け入れ先が無い。
造形大の場合、1969年位からデザイン管理論(のちのデザインマネジメント)という授業があったし、欧米では学問としても1980年代には確立されているから、そんなに新しい領域というわけでもなかった。

だから就職活動の時にデザイナーになるか、
それとも企画業にいくかみたいな感じで受け入れ先を探す訳ですが…
デザインマネジメントそのものを実践する会社が無かった。

そこで、ものづくりを通して産業のしくみを学んで、中で出来る範囲でちょっと暴れれば良いかな(笑)、みたいな感じで行き着いたのがTOSHIBA。

鳥越で、入ったんですね。

つい昨日だったかな、ある人に
『鳥越さんが言っていることって、建築家が言っていることとすごく似ている』
と言われたんです。

さっきの田子さんの話で思い返してみると、
小さい頃、父親が木造の家を自分で建てたんですよ。
ちょっと考えられないんですけど(笑)

親父はプロパンガスの会社を経営していて、
自分と会社の社員と2人で土を掘って、基礎部分を作って、木を削って…
少しずつ時間をかけて建てたんです。
完成まで、半年〜1年位かかったんですが。

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鳥越手作りだからすごく良い部分もありましたが、
なんで?ということも結構多くて。

玄関開けたらすぐ横にトイレがあったり、
キッチンのスペースが2人通れない程狭かったり…
そんな光景を見て育つと、やはり建築に興味を持つんですよね。

私は京都工芸繊維大学の工芸学部だったのですが、
1、2年生の頃は建築をやるんです。
図面書いたり模型作ったり…そういう経験が、社会に出てから相当効いていて。

ZEPPELINのビジョンである”美しい世界”と言っている時も、
空間や建築をも含んだ世界を自分の頭の中では想像しているんですよね。

「教育とか生まれた環境は相当重要だな」って、
田子さんのお話を伺って思いました。

ところで…田子さんはデザインマネジメント学科だったんですか?

田子僕が通っていた造形大は、ちょっと変わっていて、デザイン学科の中に、
Ⅰ類、Ⅱ類というきわめてアバウトな選択コースがありました。
大まかにはⅠ類が平面系、Ⅱ類が立体系。

デザインマネジメントというのは、3年で選ぶゼミなんです。
だから、学科ではなくて専攻といったところ。

デザインマネジメントがⅡ類にある理由は、
デザインは産業とリンクしているものであり、産業は必ず経営とリンクしている…ものづくり産業というのはとても多くの工程があり、
多くの人の中で動かしますので、どちらかというとⅡ類寄りにある、と。

鳥越他の大学にも同じ様なカリキュラムや、デザインマネジメントを教えることってあるのでしょうか?

田子デザインマネジメント自体は、日本でも結構いろいろ教えるようになっているはずです。
誰がどこでというのは、あまり良く分からないけど…

歴史的な話をすると、デザインマネジメント自体は、もともと1960年代、アメリカで「経営とデザイン」について学会発表されたことが学問の始まりで、
その後、1970年代初頭にRCA※が、デザインマネジメントという言い方をした。

1969年には造形大が『デザイン管理論』という名称の授業を開始し、
1983年に、やっとデザインマネジメントという呼称に変更したんです。

世界中で見たらデザインマネジメントをやっているところは、多くあるはずです。
日本でも、造形大がデザインマネジメントっていうことを取り上げたことで、
他大学にも広まっていったと聞いています。

※RCA(Royal College of Arts)
イギリスを代表するデザイン教育大学。美術・デザイン系の大学院大学。

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